菊地秀行先生のある一週間

一週間限定の日記

おまけ②

そろそろ夜食の時間である。今夜は外出時に買ってきたパック入りの寿司。鮪とえんがわとつぶ貝。妻が、
「お皿に盛りつけようか?」
と言うが、うるさい放っとけ、と拒否。
実家が食堂と寿司屋だった反動か、私はきちんと食器や皿に盛りつけられた料理や、ちゃんとした店で食べる料理に何処か抵抗があり、昔から、インスタント食品や駅そばのような、瞬間勝負の食べ物や食べ方に憧れていた。ニュースて見る当時の国電のラッシュ時に、駅のスタンドで立ち食いそばをに群がる人びとを、心底羨ましく思ったものだ。球場や飛行場て売られるコーヒーやサンドウィッチなど夢の食べ物だった。ホットドッグなんか、死ぬまでに1度は、と本気で考えていた。幾ら田舎でも、そんな物自宅で作れると思う貴方は、都会の人でしょう。田舎の自宅でお袋のこさえたホットドッグなんか食えるかい、と書けば、もうネタバレですな。原点は都会生活である。映画館しか楽しみがない田舎が、私はつくづく嫌だった。絶対、都会に出るのだと考えていた。出たら帰るつもりなど毛頭なかった。年を取り、仕事が辛くなった父と母が泣き言を言い出しても、帰って助けようなど一度も思わなかった。子供の助けを当てにして生活設計をする親には死んでもなりたくなかったのである。子供は迷惑に決まっている。自分の人生ぐらい自分で責任取らなくちゃね。
ところで、私はこれまで、こいつには敵わん、この人はプロになれる、と思った人物が二人いる。前者は曾ての友人で、後者は外谷さんのご亭主である。作家になりたいと口にしていた友人は、不幸なことに、デカい料亭の息子という運命からついに逃げられず、外谷さんのご亭主は、どすこい奥さんにすべてを与えられ、書くことから遠ざかってしまった。もしも、外谷さんのような女性と結婚していたら、それは私の運命でもあったろう。正直、そっちの方が良かったなと、思わないこともないがね。
幸か不幸か、落日の食堂の倅だった私は、親と喧嘩しても好きな道に進むことが出来た。故郷の衰退ぶりも明白であった。
運が強かったというしかない。
出版不況と言われて久しいが、隆盛衰乏は世の常である。冬きたりなば春なんとかである。文句いったり愚痴ったりしたら、バチが当たる。作家とは好きでしか出来ない仕事だからである。
と、まあカッコよく見栄切ったところで、今回は〆としよう。お付き合いありがとうございました。
菊地秀行

おまけ

10時半起床。妻いる。外出するつもりらしく、落ち着かない。ゲラやる。去年の11月に本を出しながら、まだ印税を払わないTOエンターテイメントというところがある。社長はもと角川の社員:本田武市である。こいつから出版を申し込まれた方々、要注意。これからとっちめてやるぞ。覚悟しろ。この頃、こういう話をよく聞く。出版不況は仕方がないが、まともな商取引も出来ないこんな奴が、澄ました顔で参入してくるから、厄介だ。インターネットで不払い業者リストをこしらえ、晒してやったらどうか?
急病の友人から、郵便局への振り込みを頼まれる。あいよー。体調悪いのと他にも行くとこあるので、タクシー使用。用事が片付いたら、振り込み額とタクシー代がトントン。ヘンなの。
気がつくと眼鏡がない。実はマスクをしていったため、吐気で曇る。外して、何処へ置いた? あちこち電話するが結局見つからず。親父の呪いか。あー疲れた。ひょっとしたら、以前の腕時計のごとく、靴下の山の中から出てくるかも知れない。それでも、出てこないよりはマシである。

2014 12/28(日)②

ところで、「雨の町」は50000000円という低予算だったせいか、通常の劇場では公開できず、渋谷の何処かで単館上映となり、私も舞台挨拶に駆り出された。その際、右手で真木よう子、左手で成海璃子の手を握ってスクリーン前に並んだ記憶がある。ウフフ。
残念ながら「雨の町」は、その後お二人の出演作として言及されることも無く消えてしまったが、見返すと中々に面白い。ちっとも雨が降らないのは問題だし、低予算も見え見え。しかし、森のなかで主人公が、神隠しにあって若いままの成海璃子と邂逅するシーンの詩情は特筆に値するし、おかしな作家に扮した私の演技ももっと絶賛されていい。日本アカデミー賞の選考委員どもは何処に目をつけているのかと言いたい。
振り返ってみると、ほとんど家から出ない1週間であった。風邪のせいもあるが、創土社のMさんや他社の方々にもご迷惑のかけっぱなしだった。血沸き肉躍る作家冒険記を期待していたファンの皆さんにも深くお詫びする次第である。次ぎは何かやります。
しかし、今どき風邪ひとつまともに治すくらいの薬も作れない製薬会社や、医学界にも問題はある。責任を取らんか。
とにかく、今回はこれでお別れである。またいつかお目にかかりましょう。バイバイ。
菊地秀行でした。

2014 12/28(日)

正午起床。さすがに良く寝た感がある。しかし、妻いる。熱下がらず、仕事ヘの意欲も湧かない。こんなに長引く風邪は久しぶりである。「復活の日」か?げ。理由もなく、ギャグが浮かぶ。外谷さんが、水素ガスのステーションへ来て、これからバイト、と言う。みな興味津々で眺めていると、いきなりガス・チューブを加えて、吸入開始。みるみる風船状になって浮かび上がり、空の彼方へ消えてしまう。しばらくして、TVニュースの「新春珍アルバイト:人間アドバルーン」で、デパートの上空にプカプカ浮かんでいる。面白いかな?
録画をチェックすると、「週刊真木よう子」1~7がある。売れっ子No.1の女優だが、デビューすぐに、私の短編を映画化した「雨の町」で二人のヒロインの片方をやっていたことは、もうファン以外知らんだろ。これには、もうひとり、成海璃子というこちらも売れっ子になった女優がでていた。当時13、4。セーラー服姿が可憐であった。ついでに言うと、私も弟も特別出演している。
私の予想は真木よう子リードで、これはあたったようだ。こなせる役の幅が違う。

2014 12/27(土)②

3時まで原稿、と言いたいところだが、熱が下がらずウダウダ。映画も見たくない。「エイリアン兇像譚」のカバー・イラスト来る。さすが中村龍徳氏。惚れ惚れの出来栄えである。公開したくなる欲望をこらえるのが大変。私はまことに絵師に恵まれた作家である。
気分は良くなったが、原稿は進まない。居間で前方回転などする。無駄。
3時に母を見舞いに施設へ。元気そうだが、健忘症はそのまま。
ユニデイで電球と原稿箋を買う。ここまでは平凡な1日であった。
出掛けたのは車である。帰ったら車庫へ入れなければならない。後部座席から荷物を下ろすとき、妻が車をバックさせた。丁度後輪の下に爪先があったのですね。
「痛い痛い痛い」
と10回以上喚いてしまった。
妻、
「あら
と前進。
まだ喚いているので、
「あらあら
と後退。
何となく怪しい。これで骨でも折れていれば、折りあるごとに、
「今日は足が痛むなあ」
と罪悪感を刺激して、小遣いをせびれると思ったのだが、何でもなかった。踏んだり蹴ったりである。くそ。
少し自棄になり、原稿やめて、「邪神決闘伝」のゲラ。ガンマンがうろつく西部開拓時代に、海底で退屈したクトゥルーの見る夢が、無法者という実体を備えてしまい、こいつらが世界を滅ぼしかねないからと、ダゴン秘密教団が腕利きの賞金稼ぎを派遣。これに日本の忍者が絡むという、世界にも類がない(カモシレナイ)クトゥルー神話である。
しかし、執筆を急ぐあまりの記憶違いが多いなあ。歳は取りたくないものである。

2014 12/27(土)

訳のわからない悲鳴で起こされる。6時半。ぐえ。かけっぱなしで寝た「クロユリ団地」のせいである。前田敦子主演の映画版よりは良くできたTVシリーズだが、脅しの手口に進歩がない。「呪怨」の影響がモロである。現代人(含む怨霊、幽霊)の孤独や疎外感に飽き飽きした才人が出ないものか。
どうせ後3時間くらいでまた寝てしまう。原稿書こうっと。

2014 12/26(金)②

私の場合で言うと、書ける力はあった。しかし、プロになる以前、書き抜くことは出来なかった。大学から「魔界都市<新宿>」まで、創作原稿など30枚もあるまい。同じクラブに在籍していた竹河聖氏は、優にこの10倍はこなしていたはずだ。
何故、書き抜くことが出来なかったのか? この時代から、私は最後まで構成を立てず、行き当たりばったりに書いていたからである。今なら何とかする。ところが、アマチュア時代はそうさせるべきモチベーションがなかった。つまり、しんどい思いするくらいなら、やめてしまえ、で少しも構わなかったのである。作家を志す方たちからすれば、罰当たりに近い話だが、私のようなタイプは案外多いのではないか。その結果筆を折る例があるなら、実に勿体ない。書けるのに書き抜くことが出来ないと言うのは、こういうことである。
小説を書くと言うのは、ワープロやパソコンでの執筆が常識になった今でも、かなりキツい作業である。特に何の成果も利益も産み出さないトレーニング原稿を書くのはしんどい。勿論、書くのが楽しくて堪らない、何枚書いてもラストまで書き通せるという方もいるだろう。これはもう、スゴいなあと言うしかないが、だからと言って、その全員がデビュー出来るか、或いは作家として長続きするかは、また別の問題になる。デビュー作だけで消えてしまう方たちが、いま腐るほどいるからだ。つまり、書き抜くことと、面白い小説を書く才能とは、これまた別物なのである。
閑話休題。では、アマチュア時代に書き抜くことが出来なかった私が、ヒイヒイ言いながらも長編型でやってこれたのは何故か?
答は報酬。お金のためである。文士にあるまじき答だが、これは強い。最強の動機といってもいい。ムロイユヅキ氏のごとく「チヤホヤされたい」と言うのも強いが、経済的理由ほどの切実感はない。私の場合、ルポを書いていた雑誌が次々に潰れてしまい、金欠病になりかかった。公的機関に救いを求めるのもみっともない。そこで旧知の朝日ソノラマに救いを求め、デビューを果たしたのだ。他の職につく気はなかったのかとか、この辺の心理を分析するとすこぶる面白いが、いずれまた。
経済的ピンチ⇒働かなくては
考えてみれば、この最も普遍的なパターンに則ったに過ぎないのだが、33歳まで30枚以上の作品1本も書き上げることが出来なかった私に、長編を書き抜く力を与えてくれたのだから、やはり、普遍とは偉大なりである。
ただし、これには異論もあるだろう。あなたには書き抜く力があった。それを発動させる機会が無かっただけである、というものだ。仰る通りかも知れない。しかし、力があっても使わずに終われば無いと同じことである。例えば、夢枕獏氏は、小説を書かなくても何とかやっていけるだけの仕事、或いは小説よりも儲かる職業についていたとしても作家になっていただろう。しかし、菊地秀行と言う物書きは存在しなかったろう。私のようなタイプはかなりいるのではないか。小説界にとっては勿体ない話だ。
しかし、その後、こんなしんどい仕事を続けてきたねは何故か?プロ意識というのとも違う。何がここまで運んできたのか、これだけ書いてきても、実はよくわからない。
おお、妻がスケート連盟の非道について、一席ぶっている。あまり関係ないが、さあ、仕事だ。

2014 12/26(金)

9時前に起床。何事だ。しかし、妻はいる。パソコンでカチャカチャ。どうせ、高橋某のチケットだろう。時折、ダフ屋め、とか口走る。間違いない。
寒くなってから、身体中が痒い。ポリポリポリポリ、爪のあとだらけである。女性のなら嬉しいし、動物のならおっかない。どちらも小説のネタになるな。作家になる前は、どこにいても小説のアイディアを考えていた。ビル街を歩いていれば、投身自殺したやつが、何のつもりか、背中に張り付いてしまい、当人は何だか重いな程度で、それに気づかず取引先にいくが、その相手が、身投げの原因になった奴だったとか、マンホールを見れば、夜中にそこから出てきた一家が、何食わぬ顔で、目撃した主人公の隣に越してくるとか、映画を見に行けば、葬式の場面で次々に現実のシーンが映し出され、回りの客がみな、すすり泣いているとか。あーメモしとけば良かった。今でも使えそうである。誰か書いてみませんか? 使用料取るけど。
私はもともと短編作家になりたかった。早川の「異色作家短編集」や星新一氏のSSを読んで特にそう思った。長編小説なんか読んだ記憶もない。切れ味の鋭い文章でびしびし話を進め、ラストであっと驚くどんでん返しを決める。これが夢であった。ところが、当人は1から10まで長編向き、というより長編オッケ。それで売れてしまったものだから、夢は夢で終わってしまった。ま、ストーリーを考えているうちに、どんどん話が広がってしまう方、キャラクターの性格や人生にどんどんアイディアが湧いてきて収拾がつかなくなってしまう方、悲しむ必要はありません。あなたは長編に向いています。後は最後まで描き抜くこと。
しかし、これが出来ない。力量不足ですからね。私もアマチュアの時代に、長編どころか中編1本書けたためしがない。それなのに何故長編型でやってこれたのか? 答えは簡単。書けるのと、書き抜けるというのは別のことなのです。以下次回。

今の女の子

けしからん。携帯番号とメアドを載せなさい。
写真もあると嬉しいな

2014 12/25(木)深夜

3時25分。誰だ、いま本当に「エヘへ」とかけて来て、切った女の子は?

2014 12/25(木)

10時半過ぎ起床。妻いる。昼過ぎに出かけるとのこと。英語だのマッサージだの山登りだの言っていたが、よくわからない。無事に帰って来ればよろしい。夜はピアノの先生が友人たちとコラボするサテン何とか言うジャズ・バーへ行くとのこと。これを仕切っているのは、小野とか言う夫婦だが、亭主は農工大の学長クラスで、その方面ではお偉いさんらしい。私の印象は、「虚影神」にも登場させた通り、
「腹の中は、おれは天下の学長様だぞで一杯の、いい年をして、チンドン屋みたいな服を似合うと思ってる二本足の豚」
最初にこいつの演奏を聞くのが慣わしなのだが、みな帰り道で、
「あれさえなけりゃねえ」
「ま、主催者だから(笑)」
皆さんも1度行ってごらんなさい。人豚の演奏が聴ける世にも珍しいコンサートである。詳しいことは前記の著書をお読みください。
1時過ぎ、友人から、
「具合が悪いので、薬局へ薬を取りに行けない」
とメールあり。原稿少し書いて、3時頃出動。当人は中々辛そうである。祈る、回復。
外はさして寒くはないが、風が冷たい。いまの体調にはあまりよろしくない。ところが、歩いて薬局と友人宅を往復したら、突然快調。風邪も運動不足につけ込んでいたか。昼過ぎに、熱のせいで、またおかしな妄想が浮かんだぞ。夜中に一人で原稿を書いていると、必ず変な音がする。壁の軋みや、冷蔵庫の氷が出来る音などだが、説明不能のものもある。私の解釈は、
「家の何処かにデブがいる」
というものだ。夜中にうたた寝して、ふと目を開けたらー
数日後、妻が
「とととととやが、という声がして、駆けつけたら、もうポックリ。訳がわかりません」
いいや、妻以外の方はよおくわかっているとも。多分、私は世にも幸せな顔をしていることだろう。原稿、赤入れ、連載。どれも進まない。刺激が必要なのかも。どなたでもよろしい。夜中に電話をかけて来て、「エヘへ」と笑って切ってくれませんか?
零時5分前、妻帰宅。今日は先生の個人的なコンサートであり、豚学長はいなかったらしい。

2014 12/24(火)②

いま、25日1時55分。
どうも風邪が抜けない。薬を飲むと少し回復する。普通はそれで治るのだが、ここ数年塩梅がよろしくない。大量摂取という手もあるが、あまりやりたくない。やはり暖かくして寝てよ。昼過ぎ、熱のせいか、ギャグが1つ浮かんだ。
織田信長がスゴく太ってしまい、当然、明智光秀の名台詞は、
「デブは本能寺にあり!」
私にはよくわからないが、面白いだろうか?

もうお仕舞いのような気がする。寝よ。

2014 12/24(水)

9時半起床、妻いる。とゆーか妻に無理矢理起こされる。ムニャムニャ。理由は特になさそうである。嫌がらせか?
このところ腰がヤケに痛む。執筆はいつも通りうつ伏せだから、変化はないーいや、あった。実は大分前から右の首筋が痛む。右側のTVを見るためには左を向かねばならない。この際、左の首筋に手枕することになる。計算したら10年以上だ。これはやられるな。
で、一念発起し、逆向きに寝ることにした。10年間無事だった腰が痛み出したのはこのせいだろう。それからふた月ほど経つが、首腰ともに事態は改善されず、最近は左の首筋までおかしくなってきた。経験上効果があるのは、マットも枕も無しで、じかに床に寝ることだが、これには1年以上かかる。外谷さんに首を引っ張ってもらうという手もあるが、抜けたら危ない。うーむ。

2014 12/23(火)③

いま、24日(水)0時5分。ダラダラと時間を過ごすなら誰にも負けない、等と威張っても仕様がない。何十年ぶりかで原書に当たったり、ウェスタンの資料を読んで過ごしているうちに、こうなってしまった。しかし、仕事をあまり気にしないでむにゃむにゃやっているのもよろしいものである。
ここ数日、色んな担当者から、色んな話を聞いた。いつの間にか過去の作家だと書店に決めつけられないよう、書き続けましょう。この世で最も不幸な女は忘れられた女だと、マリー・ローランサン(確か)は言っていたが、作家も同じであるか。

2014 12/23(火) ②

食事のあと、熱が出てくる。昨日の名残だな。こういう時は、大人しく寝てるか。イタズラが一番なのだが、何処へかけても留守。そうか、休日だ。道理で天〇陛〇が、頻繁にテレビに出ておられる訳だ。イタズラは夜に回そう。

2014 12/23(火)

昨夜、うたた寝だけで8時までウダウダ。妻起きてきて、スムージーとお茶を用意する。飲んだらウトウト。録画しておいた稲川淳二のホラー・トークを見る。前半2タイトルはお寺にゲストを集めての複数トーク。後半は一人語り。この人の一人語りはまるで面白くないが、複数相手の前半は、いや怖い。不特定多数だと、どうしても語りが散漫、大味になるが、目の前相手となると、ピシリと決まる。見直した。箪笥に隠されていた押し入れの人形の話がおっかなかった。安心して寝る。
12時半起床。
何かイタズラしたい気分である。現・K川書店のY田氏がS伝社にいたときは、電話をかけて彼が出ると、えへへと笑って切ってしまっていたのだが、今は相手がいない。誰か、こういうの喜ぶやつ、入社して来ないかな。
朝昼兼用の食事はスパのナポリタン。

2014 12/22(月)

朝9時起床。妻いない。起きろーと喚く。頭上で、「何よ?」。いた。食卓上のパソコンを叩いていたらしい。
「起きるの?」
「起きるぞ、お茶」
「はいよ」
いつまで経っても来ない。また喚く。
「うるさいわねえ、起きるの?」
「いま起きると言っただろ、何聞いてんだ?」
今朝はわりあい強気である。
「何言ってんのよ、すくイビキかいて寝ちゃったくせに」
「え?」
時計を見る。10時半過ぎである。あらー。
朝御飯はドライカレー。さすがに少し残す。オカズはさつま揚げ。私が好きだと知ると、同じものを出す傾向がある。何か企んでいるのか?
12時半、妻出ていく。ただの外出である。オペラか高橋某のスケートか歌舞伎か映画か。昨日も留守にしていた間にAmazonから小包が届き、私のと勘違いして開けたら、髭面の男の顔が、どーん! そいつが高橋であった。友人の女性作家や漫画家、編集者夫人らとファンクラブを勝手に作り、犯罪シンジケートのような大組織にすべく、あれこれ画策しているらしい。訳がわからん。もう少し、ドライカレーをうまくこしらえるのが先だぞ。
入院中の友人から、欲しいものがあるとメールあり。のど飴と胃腸薬と湯葉。かなり重態である。仕方ない。
見た目は元気そうだが、よくわからん。回復してくれるといいが。結局は医者任せ。この程度の手伝いが積の山か。
帰りのバスで、やたらとくしゃみが出る。他は異常なし。乾燥しているせいだろうと、甘く見てしまう。
帰ると、出ていくときより疲れがひどい。ソファで寝てしまう。起きると17時半。少し熱っぽい。Amazonから、昨日注文した「怪奇文学大山脈Ⅲ」「いま見てはいけない」「郵便局と蛇」が届く。荒俣宏、ダフネ・デュ・モーリア、A・Eコッパード。ーいずれも怪奇幻想界の重鎮である。後日ゆっくり読もうっと。
クトゥルー・ウェスタンのゲラと、エイリアンの新作と、連載と、どれもやる気にならない。ひょっとしたら、後輩の翻訳家兼作家の風見潤の訃報が響いているのか。10年近く行方不明だったのが、転落死とは。しかも、家族と連絡も取れず、近所の人に葬式を出してもらうとは。丸々と太ったお坊っちゃんで、あだ名はタルちゃん。どう見ても、こんな結末を迎える男には思えなかった。世の中無常ではある。外谷さんは今日も元気だ。
ありゃりゃ、熱上がってきたぞ。これは精神的なものではなく、風邪だな。そう妻に打ち明けると、
「寝てなさい」
「はい」
筋は通っている。
目下23時40分。
あ。年賀状。書き出す。懐かしい名前が次々と登場する。殆どの方が、何十年も会わぬままだ。元気ではいらっしゃるのだろう。

TEST

TEST
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ